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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)161号 判決

上告人

鍵岡和夫

被上告人

兵庫縣農地委員会

生穗町農地委員会

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人南利三の上告理由書は、末尾に添えた別紙記載の通りであるが、問題は結局、本件訴訟が出訴期間内に提起されたかどうかである。

(一)先ず事件の経過を摘記すると、次の通りである。被上告人生穗町農地委員会は昭和二二年八月一四日上告人の所有地について買收計画を立てた。上告人は自作農創設特別措置法(以下「自作農法」と呼ぶ)第七條により異議を申し立てて却下され、ついで被上告人兵康縣農地委員会に訴願したが、同委員会は昭和二二年九月三〇日棄却の裁決をしその裁決書は同年一二月二七日上告人に送達された。翌二三年五月二八日兵庫縣知事は上告人に買收令書を交付した。同年八月一六日上告人は本件買收計画取消訴訟を神戸地方裁判所に提起したが、同裁判所は、自作農法第四七條の二の規定によれば同法による行政廳の処分で違法なものの取消又は変更を求める訴は、当時者がその処分のあつたことを知つた日から一箇月以内にこれを提起しなければならないところ、本訴の提起はその期間の経過後である、という理由で訴を却下し、原審も同趣旨で控訴を棄却した。すなわち問題は專ら出訴期間に関し、前記によれば、期間経過後の出訴であることは明白ゆえ、本件上告は理由がないものと思われる。

(二)上告論旨第一点は、農地買收手続は買收計画に始まつて買收令書の交付によつて完了する一連の行政処分であるから、前記の出訴期間の起算点は右令書交付の日であるべきだ、と主張する。なるほど買收計画それ自身は法律上の効果を伴わず、嚴格な意味の行政処分と言えぬかも知れないが、自作農法第七條が買收計画に対する異議、訴願の手続を定め、これを爭訟の対象としている以上、少くとも爭訟手続においてはこれに行政処分類似の性質を持たせているものと言い得るのである。それゆえ本件訴訟の出訴期間は、行政事件訴訟特例法(以下「特例法」と呼ぶ)第五條第五項により同條第一項、第三項は適用されず、自作農法第四七條の二が適用され從つてその期間は一箇月であるが、その起算点は特例法第五條第四項により訴願に対する裁決を基準とすべく、原判決には論旨の言うごとき法律の解釈を誤つた違法は存しない。なお本件にあつては、かりに買收令書交付を基準とすべきものとしても、一箇月の出訴期間はとくに徒過されているのである。

また論旨は、買收計画を知つた時から一箇月内に訴訟を提起しなければならないということにすると、異議および訴願を提起する機会を失わせると言うが、特例法第二條の規定があるゆえ、さような不都合は起らない。

(三)論旨第二点は、原判決は「買收令書が交付された」と言つているが、上告人は買收令書受領方の通知を受けたことは認めているが、現実に交付を受けたとは述べていないし、またその事実は証明されていない、上告人は第一審訴訟提起後数ケ月を経て買收令書を受領したものであつて、本訴は出訴期間を徒過したものではないと主張する。しかしたとい買收令書の交付は受けなくても、その受領方の通知を受けた以上出訴期間はその日から起算せらるべきであるし、元來本訴は、買收処分の取消訴訟ではなく、買收計画の取消訴訟なのだから買收令書がいつ交付されたかは本件に関係しない問題であつて、論旨は理由がない。

よつて民事訴訟法第四〇一條、第九五條第八九條を適用して、主文の通り判決する。

右は当小法廷裁判官全員一致の意見である。

(長谷川 井上 島 河村 穗積)

上告代理人南利三の上告理由

第一点 原判決は其の理由に於て「昭和二十二年法律第二百四十一号を以て改正せられた自作農創設特別措置法第四十七條の二の規定によると同法による行政廳の処分で違法なものの取消又は変更を求める訴は当事者がその処分のあつたことを知つた日から一ケ月以内にこれを提起しなければならないこと明かであるしかして控訴人が昭和二十二年九月十七日本件農地の買收処分に関し被控訴人縣農地委員会に訴願したところ同年十二月二十七日棄却の裁決書が控訴人に送達せられ同日控訴人が訴願の裁決のあつたことを知つたことは控訴人の自ら主張するところであつて本訴提起の日が法定の一ケ月を経過した昭和二十三年八月十六日であることは記録上明白である」と判断せられたのであるが其は法律の解釈を誤つた違法あるものである。昭和二十三年法律第八一号行政事件訴訟特例法第五條第一項第四号に第一項及び前項の期間は処分につき訴願の裁決を経た場合には訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日から之を起算すると定めているが自作農創設特別措置法第四十七條の二の当事者が其の処分のあつたことを知つた日から一箇月以内にこれを提起しなければならないとの規定とは同趣旨ではない。自作農創設特別措置法に因る農地に対する買收処分は同法第六條第四項に基く農地買收計画の公告同法第七條の異議に対する決定及訴願に対する裁決同法第八條に因る都道府縣農地委員会の承認同法第九條に基く地方長官の買收令書の交付と云う個々の行政処分が存し地方長官の買收令書の交付又は交付に代る公告に因つて農地に対する買收処分が完了するもので即ち買收令書の交付は終局的な処分行爲であると謂わねばならない前記市町村農地委員会及都道府縣農地委員会の個々の行爲は未決定な行政処分であり一般的な行政処分とは其の性質に於て其の手続に於て甚大なる差異がある。

行政訴訟は行政廳の違法なる処分に対し之が取消又は変更を求める訴であつて自作農創設特別措置法第四十七條の二に定める当事者が其の処分のあつたことを知つた日とは如何なる日時を指称するものであるか此の点に關し種々議論があり同法には行政事件訴訟特例法第五條第一項第四号の如き規定が存在しないので直ちに同趣旨に解することが出來ないのは前記々載の如くである從つて自作農創設特別措置法に基き解釈しなければならないと信ずる。

同法第六條第四項に市町村農地委員会は農地買收計画を定めたときは遅滯なくその旨を公告し且つ公告の日から十日間市町村の事務所に於て左の事項を記載した書類縱覧に供しなければならないと定め当該農地の所有者に対し買收計画の通告を必要としない旨を明にし右公告を以て所有者並其他の利害関係人に対する意思表示と定めている從つて所有者又は其他の利害関係人に於ては右公告の不知を以て買收計画を論議する事は許されない果して然らば右買收計画公告の縱覧期間満了の日を以て少くとも一應当該農地の所有者並其他の利害関係人に於て処分のあつたことを知つた日と解することが出來ないでもない併し乍ら右説には重大なる誤謬が存する即ち同法第七條に異議及訴願の提起を規定しているので市町村農地委員会に於て異議に対する採否の決定謄本到達前に訴訟を提起しなければならない結果に陷り訴願等は全然提起の機会なく又訴願提起を定めた趣旨が没却せられる異議訴願を定めた立法趣旨は論ずる迄もなく違法なる行政廳の処分に対し利害関係人をして手続上最も簡單に且つ迅速に又費用も小額で其の目的を達成せしむる爲めであるに不拘斯ゝる簡便な取消又は変更の手続を拒否し違法処分に対し総て訴訟提起の挙に驅り立てる結果となり異議並訴願を規定した趣旨にも反し又行政訴訟の本質にも背反するものである從つて斯ゝる見解には賛意を表することが出來ない然して原審が被上告人である兵庫縣農地委員会が昭和二十二年十二月二十七五日訴願棄却の裁決書が上告人に到達した日時を以て処分のあつたことを知つた日と認定したことは前記行政事件訴訟特例法第五條第一項第四号の規定にとらはれた見解であつて自作農創設特別措置法に基く農地買收処分の特異性を認識しない解釈である。上告人に於て前記陳述する如く地方長官の買收令書の交付に因り市町村及都道府縣農地委員会の一連の買收処分行爲は完了するものであるから自作農創設特別措置法第十四條の対價增額の出訴期間等に徴し同法第四十七條の二の処分のあつたことを知つた日とは処分の完了のあつたことを知つた日即ち買收令書の交付の日又は之に代る公告のあつた日と解するのが最も妥当である。又実際上より論ずるも都道府縣農地委員会に於ては訴願棄却の裁決書を送達しているが同法第五條第一項第四号第号の收計の除画買 外指定が未決定なる爲め地方長官の買收令書の発行を留保しているものもあり又都道府縣農地委員会に於て訴願を棄却し乍ら裁決書を送達することなく地方長官の買收令書を交付している事例が尠しとしないのである從つて無意味な行政訴訟を回避する点に於ても終局的な処分である買收令書の交付の日を以て処分のあつたことを知つた日と解するのが相当であると信ずる。果して然らば原判決は此の点に関し到底破毀を免れないものである。

第二点 原判決は「その後昭和二十三年五月二十八日控訴人に対し買收令書が交付されたことによつてその効を奏しなかつた事が判明し」云々と判示したが上告人に於ては買收令書を昭和二十三年五月二十八日交付を受けたとの主張は第一審以來陳述したことはない、即ち昭和二十三年五月二十八日附被上告人生穗町農地委員会より買收令書の受領方を通知して來たとの陳述を爲しているが現実に受領したとは主張していないし又之を認めた事実もない(上告人第一審訴状第二項末尾参照)法第九條に地方長官は第八條の承認があつたときは当該農地の所者有に対し買收令書を交付しなければならない、但し当該農地の所有者が知れないときその他令書の交付をすることが出來ないときは命令の定めるところにより第二項各号に掲げる事項を公告し令書の交付に代えることが出來ると規定し單に令書の受領方の通知を以て令書の交付でもないし又交付に代る効力が発生するものでもないことは右規定に徴し極めて明白である。

本件に於て兵庫縣知事若しくは被上告人生穗町農地委員会が昭和二十三年五月二十八日買收令書を現実に上告人に対し交付したと云う主張もなく又斯ゝる証拠もない更に交付に代る公告を爲したと云う主張もなく証拠もない、上告人は昭和二十四年二月十九日現実に買收令書を受領したものである(甲第一号証参照)昭和二十四年一月三十一日附上告人の準備書面中第二項(イ)末尾に「再度の審査の結果を何等通告せずして昭和二十三年五月二十八日田地買收令書を原告に交付せし次第なり」云々との記載は甚だ不明確であるが前記訴状に於ける主張と対照し令書を原告に交付する通知ありたる次第なりとの誤記で必ずしも現実に受領したことを自白したものとは記録の全趣旨に徴し認められない、果たして然らば原審は何等証拠に基かずして買收令書の受領の事実を認定したもので当然破毀さる可きものである。

仮りに右令書の受領を自白せるものであるとせば其は令書交付の通知を以て受領と同一なる法律効果が発生するものであると誤認したる結果であつて全く事実に反する所謂錯誤に基く自白で茲に之を取消する。

ともあれ上告人は第一審訴訟提起後数ケ月を経て買收令書を受領したものであつて本訴は出訴期間を徒過したものではない、然るに原審は出訴期間を徒過したものとして上告人の主張を排斥したるは法律に違背あるもので上告人は当審に於て以上の理由に因り相当の裁判を求める爲め上告趣意に及ぶ次第である。

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